RESENT ENTRIES

TOP > もっと東儀秀樹 時計へのこだわり

et cetera

もどらない針

 時刻、時間は宇宙のものさしである。地球が太陽の周りを一周する時間、自転やその周期がもっともっと分割されていって時、分、秒などの単位ができた。つまり時計には宇宙の縮図を感じる。人間の手で作られた小さな歯車たちが人間によって動かされ、その見返りに人間に時刻を教えてくれる。陰では大小いくつもの歯車たちは熱心に、繊細に働いているのだが、表面の針はとてもクールにひたすら時を刻むだけ。進んだ針は戻らない。

 タイムマシンがないかぎり時間を物理的に操ることはできない。それでも人間の意識はとてもフレキシブルで、同じ時間なのに目的や状況や都合によってそれが長く感じたり、短く感じたりする。
  何かに夢中になっていて、ふと時計に目をやると、あまりにも冷静沈着にそいつは時を刻み続けている。「あせったってしかたないぜ」とか「まだまだ早いぞ」とか言いながら。だったらこっちはこっちのペースを守ってやりくりしてやろう。おまえはそのまま着実に、正確に、時を刻み続けてくれ。

 時間をどう大切にするか、あるいはどう無駄使いを楽しむか。それが本当に無駄なのか有意義なのかどうか、その時点では誰にもわからない。無駄と思われていたことが何十年先に有意義だったと知らされることもある。わからないなら「今」の全てを大事にしちゃおう!進んだ針はもう戻らないのだから。

腕時計コレクション

小さな箱に歯車の組み合わせを駆使して宇宙の縮図ともいえる「時」を刻む。そんなところにロマンを感じ、昔からいろいろな時計にあこがれ、わくわくし続けてきた。中学生になった記念に父親がくれたのが最初の腕時計だった。SEIKOのオートマティックの機械式だった。(当時はまだクオーツはほとんどなかった)友達たちもほとんど初めての腕時計を買ってもらった時期だ。ほとんど意味もわからず、文字盤に小さく表示された21とか19とかの数が自慢の対象だったりもした。僕のは21石だったから、いい線をいっていた。そのうち大人になるにつれて機械や作りのすごさやデザインに興味をそそられていき、老舗ブランドの特色や歴史、現代の職人のこだわりなど深く深く好奇心をそそられた。社会人になってしばらくして、自分で買ったスイス機械式時計は、オーガスタ・レイモンドのコットンクラブというクロノグラフ。ムーンフェイズ、カレンダーなどの機能も充実し、文字盤のギョーシェ模様といい、緑の革ベルトといい、とっても素敵でドキドキした。それでいてオメガやローレックスなどの定番ブランドなどより不思議なくらいはるかに安いのだ。さらにアメ横で値切って買った。気分は最高だった。それからしばらくしてさらに様々な個性に魅かれていき、ジラールペルゴのクロノグラフ、GP7000というのを中古で手に入れたりしてからはもう完全に時計オタクと化し、時計道まっしぐらとなっていった。基本的な機械の構造への知識欲も刺激され、壊れた時計を分解して中身を確かめたりいじったりもした。そのために必要なルーペや精密な専用工具までそろえて職人気分まで楽しんだ。自分で機械の理屈をさぐり、観察し、祖父が残したコレクションの江戸時代の大名時計や壁掛けの鳩時計など自己流で直すところまでいった。単なるオタクではないところに「ふふふ」という大きな自己陶酔まで味わうのだ。
そんなこんなで、気づいたらなんと100本以上ものコレクションになってしまった。千手観音でもあるまいし・・・・・。もちろんそのすべてが値の張る機械式というわけではない。道ばたで売られていたポップなものもたくさんある。あるときはGショックにもはまったこともある。それでもどの時計も手に入れる時はいろいろなシチュエーションやコーディネイトなどを思い描いたりして心底わくわく買っているから、すべて大切なものなのだ。
時計は実に面白い。

腕時計の魅力

地球が太陽の周りを巡ることとか、その間に何度自転をするかとか、そういうことから始まって人は時間という単位を作った。つまり一日とか一時間、一秒などというものは宇宙からの割り算から賜ったもの。だから時計の針の刻みは宇宙のリズムの刻みでもある。その宇宙が小さな箱に詰まって、それを我々は腕にはめているのだ。腕時計という小さな箱のなかにはいくつもの歯車が重大な仕事をしている。あるものは月の満ち欠けや、閏年まで示してくれる。まさに宇宙のリズムの縮図を携帯しているのだ。
  そして機械式時計の魅力はそれを人が作ったさまざまな歯車の組み合わせだけで表現しているところにある。ゼンマイをまく。するとそれらの歯車たちは誇らしげに自分たちの美しい動きをもって、巻いてくれた人に見返りとして時刻を教えてくれる。ひとたび人がゼンマイを巻いてあげることを怠ると、時刻を教えてくれなくなる。その関係がいい。
  またその小さな箱の中にどれだけの仕事を詰め込むか、あるいは遊び心を反映させるかという、職人の技量とアイディアが集積されている。いまやクオーツやコンピューターを使えば簡単にできることをあえて何万倍もの面倒をかけて機械式という古くからの方式でそれに挑戦する、その時計師の情熱と夢があの小さな箱に充満している。そんなわくわくも腕時計は与えてくれる。

 だから腕時計を選ぶ基準は性能とデザインのバランスなのだが、それは作り手の情熱とセンスのバランスにかかわってくる。一般的に言われるいい悪いでなく自分の好き嫌いの中でグッとくればいい。たいがい僕はメカ的な部分が好きだからそれが格好よく表現されているものに目がいくからシンプルなものよりやはりクロノグラフだけでもいいから少しでも機械の主張が見えるものが、男らしくて魅かれる。それと、意外性のあるアイディアにはとても好奇心をそそられる。