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音楽への想い

音楽は自由です。強制して聴かせるものでもないし、何が良くてなにが悪いという定義もないし、聴き方に決まりもありません。好きなように楽しめればいいのです。僕は音楽を仕事としていますが、ひたすら楽しんでいます。世の中で今の時期なにが受けるのか、なにが要求されるのか、などは考えたこともありません。ただただ自分の気持ち(ひらめき)に正直に無理なく音楽と関わっているのです。 気がつくとそれはいつのまにか知らない世界への入り口になっていたり、知らない人との距離を縮めてくれていたり、想像力が育まれていたり、未知の自分が引き出されたり、素敵な環境がどんどん広がります。

僕は本格的に音楽を勉強したこともありません。ただ小さい頃からいろいろな音楽を楽しんできました。クラシックであったり、ビートルズであったり、映画音楽であったり、童謡であったり、歌謡曲、ロック、ジャズ、レゲエ・・・など、ジャンルにこだわることなくそのなかで好き嫌いを持ちながら楽しみ、影響されてきました。一時はロックギタリスト、あるいはシンガーソングライターになることも夢見ました。そしてずいぶん後から雅楽を正統に習得したのですが、日本の古典芸能に身を寄せるにも、それまで味わってきたいろいろな音楽が大きな理解力や観察力を養っていたということになります。雅楽という分野を紐解いたり大昔の人たちの感覚を想像したりするためにもジャンルに関係なく「音楽」という感覚はすべてに通じるのです。僕の場合、比べるものがたくさんあって「雅楽」を感じるのでいろいろな疑問や想像がやまず、探究心が尽きないのも雅楽師になるには大きな働きになっていたのです。

僕はいろいろなコラボレーションや音楽的チャレンジをしたり、オリジナル作品を表現していますが、それをするにも古典雅楽に対する敬意や、愛すること、そしていつでも正統に古典を表現することに自信をもっていること、古代文化への探究心、知識欲、これが根底にあってこそ成り立っているのです。それがあるからこそ、新しいチャレンジにもいつでも胸を張っていられるのだと思います。

これからも東儀家のひとりとして正統な雅楽(古典)を正統な姿勢で表現するということと並行させて、自分ならではの音楽を創り続け、表現していきたいと思っています。

新しい音楽といわれたりしますが、やわらかい、簡単な音楽で、まず自分が楽しめること、それが結果的に人々に共感してもらえたら嬉しいです。好きに創ったものが人々の純粋な心に響くような音楽として自然に流れることが続けば嬉しいです。新しいものを創る、といっても代々雅楽を続けてきた僕の中にある、古典的なものへの愛着を大切にしていくことが僕ならではの表現になっているのだと思います。

雅楽器が雅楽器らしく、古典的でもあり、楽器が活きる奏法をなるべく尊重した上で、様々な他の楽器と合わせていくことで、千年も昔から存在する音の持つ精神性もやさしく伝わる気がします。

新しいものに想いを傾けることで、古典に対する理解が深まり、古典に力を注ぐことで、新しいものへの影響が深まる・・・・。この循環が僕なりの音楽観を育ててくれていると信じています。

古典とオリジナルの両立こそが東儀秀樹たるところであると思っています。